※ストーリー重大ネタバレを含みます
※主人公=「アスタ」、謎の男=「ミロス」
「輪転」
海沿いの街道を逸れて立ち寄ったのは海にほど近い辺境の村だった。
海へと下る緩やかな平地に草原が広がり、奥は岩山の連なる山岳地帯へと続く。日当たりの良い斜面にオリーブ畑が整えられ、広々とした牧草地では羊の群れが草を食んでいた。
と、羊の見張りをしていたらしい砂色の髪の少年が彼に気付いて駆け寄ってきた。
「こんにちはー! おにいちゃん、旅の人?」
「ああ、そうだ」
旅人が珍しいのか、子供はしきりに話し掛けてくる。生来が人懐こいようで、彼の無愛想とも取れる受け答えを気にする様子もない。
無邪気な笑顔が弾け、海緑色の瞳が日差しにきらめいた。
────ああ………懐かしい色をしている………
「えー、泊まっていかないの? 宿屋はないけど、旅の人は村長さんの家に泊めてもらえるよ?」
「いや、いいんだ。見たかったものは見られたし、行かなくてはならないところがある……」
一晩中でも話していたそうな少年に、すぐに去ることを告げると、不満そうに頬を膨らませる。
子供らしい素直さに思わず彼の口元も緩んだ。
「ずっと旅をしてるならさ、いつかまた来て欲しいな、おにいちゃん───」
「ミロス、だ」
「……ミロスおにいちゃん? うん。ぼく、待ってるからね!」
「ああ。いつかまた、会おう────」
村から海沿いの街道へ続く小道を降りる途中で振り返ると、緩やかな坂の上でまだ手を振って見送る少年が見えた。
彼も手を何度か振り返し、これで最後と海へ向き直った。
眼前に広がる海と草原が、村を訪れる前よりも鮮やかに見える。
────どうか、幸せに………
300年の時を経て、ようやく出会えた。彼の父バオールの魂が冥界より帰って新しい生を受けた子供……ならばあの人の罪は雪がれたのだ。
ずいぶん長くかかったものだ。
あの穏やかな村なら────今の平和な世界なら、道を誤ることなく幸せな人生を送れることだろう。
────父上……『アスタ』。
殺したいと憎んだ父でありながら、記憶喪失の間ともに旅をしたかけがえのない仲間だった。
別人のようでもあり、どちらも紛れもなく父なのだとも思える。
ずっと整理を付けられないでいるが、付ける必要もない、いつまでも弄んでいたい、形のない雲のような曖昧な思いが彼の300年の旅の連れだった。
────だが、それももう終わり。見届けたなら、あとは………
行かなくてはならないところ……プロメテウス神殿へと、彼は最後の旅に出た。
******************
膝をつき玉座を見上げると、 冥界の王がミロスの海緑色の瞳を見据えていた。
「お前は確か、バオールの息子だったな」
「はい。遅参となりましたこと、お許しいただきたい」
今は廃墟となった旧都アテネ、崩れ落ちそうなプロメテウスの神殿で祈りを捧げ不死を返上すると告げると、人間としての彼の寿命はたちまち尽き果てそのまま冥界へ降ることとなった。
全て覚悟の上で、地上にももう未練はない。
何故か懐かしさを覚える荒涼とした冥界を見て回ろうとしたのも束の間、彼はハデスに呼び出され謁見することになった。
「300年とは……人間にしては長かっただろう。しばらくは冥界で魂を鎮めていくがいい」
「はい」
「それにしてもバオールの奴め……さっさと地上へ帰れば良いものを、つい最近までここに居座っておったのだ。すれ違いになったようだな」
「は……はい?」
「重罪人ゆえタルタロスに落としたが、真面目に働いていたし『アスタ』の功績もあって100年ほどで出してやったのだ。ワシとしては顔も見たくないので地上に追い返そうとしたのだが、奴め、息子が来るまで待つなどと言いおって…!」
「はあ……!?」
お互いに、地上と冥界で待ちぼうけをしていたらしい。
これではまるで、さっさと不死を返上して冥界に来なかった自分がいけなかったみたいではないか。
「あ……」
「うん? どうした?」
「あのクソ親父ィ────!!!!」
謁見の間にミロスの絶叫が響き渡った。
親の心子知らずと言うが……あいつだってこっちの気持ちをわかっていないではないか!
いや、むしろ息ぴったりではないのか?とハデスがツッコミを入れた。
────いつかまた、会おう────
会って、恨み言の一つや二つ言いつつぶん殴ってやりたい。
地上へ帰ればミロスもまた記憶も人格もまっさらな新しい生を受けるのだろう。
そうだとしても、いつか……いつかまた。
記憶喪失だったあの時『アスタ』に出会ったのと同じように、強い想いは消えずにきっと彼らを導いてくれる。
────父上……『アスタ』。
父バオール……そして導きの星を名乗った彼の魂と必ず巡り会って見せる。
「絶対に………だ!」
呻きながら拳を床に叩き付けるミロスに、ハデスは健闘を祈る、と頷いた。
《END》 ... 2025/05/26
5/24無事にSFC版もクリアしました!めっちゃ楽しかった!
砂色の髪と海緑色の目のビジュアルはアーカイブス版の設定です。SFC版だと主人公とバオールと4人目君の髪色とか全部違うから血縁だなんて見た目じゃわからんよなあ。
ところで推しを軽率に300年くらい長生きさせるのは幻水1のテッドのせいです。
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